幻影ヲ駆ケル太陽

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幻影ヲ駆ケル太陽~こぼれ散るは運命の砂~

episodio1 覚醒

ただその絵を、太陽ひなたは見つめていた。
『受胎告知』。聖母に天使が懐妊を告げる場面を切り取ったその絵を、礼拝堂から差し込むステンドグラスの光が、神々しく照らしている。
病的なまでに白い、絵の中の登場人物。鮮やかな、だけど、どことなく暗さをまとった衣服。カンバスに描かれた、白い天使達。
群がるように、密集して描かれた顔だけの天使達は、まるで競い合って、聖母のお腹を目指しているかのようだ。聖なる子として生まれ出ずることを。
──なんだか、ちょっと怖い。
だが、ひなたはその絵から目を逸らすことができなかった。
そうして、ふと気がつく。
怖い? なんでだろう?
みんなに幸せを運ぶ天使なのに?
天から舞い降りる一筋の光は、生まれてくる赤ちゃんを祝福しているはずなのにな。
うーん、と首を傾げてその絵を見つめていると、時をかさねた重い扉が開く音に続いて、よく通る声が礼拝堂に響き渡る。
「あ~、やっぱりここだったんだ~!」
のんびりとした口調にひなたが振り返ると、入口にアメリー・ラムールが立っている。
「捜したよ~、ひなた」
 肩でゆるくカールした栗色の髪、長いまつげと大きな碧い瞳、コケティッシュな、柔らかさの中にも個性を主張するような笑顔──。
 フランス映画からそのまま飛び出してきたかのような、ふわっとした華やかさと共に、アメリーが愛用する、ネロリの香りが漂う。
「タロットカードの授業、遅刻すると、またアリエル教官がうるさいよ~」
「待ってないで先に行っててもよかったのに」
「あ、ひど~い! 迎えに来てあげたのに~。ひなたはここに居ると、すぐ時間を忘れちゃうでしょ~?」
「だってこの絵、不思議なんだもん。不思議なことは解明しなくっちゃ」
「不思議なんかないよ~。早く行こう~」
「わかったわかった」
 アメリーに渋々返事をすると、ひなたはもう一度振り返って、その絵を一瞥いちべつする。
──どうして、怖いんだろう?
僅かな光の中で浮かび上がるその絵の残像が、ひなたの瞳に焼き付けられた。
するとその時。1時を知らせる大きな鐘の音が、いくつもの層になって学内に響き渡る。
「あ、しまった! 急がなきゃ!」
「ほら~、だから言ったのに~!」
 ひなたとアメリーは互いの手を取り、特別棟に向かって走り出した。
いつの時代に建てられたのだろう、詳しいことはひなたもアメリーも知らない。古いしょうしゃな洋館をそのまま利用した学校は、深い艶のある飴色の廊下や、赤い絨毯じゅうたんが敷かれた階段、中世ヨーロッパのような食堂を有し、歴史と気品にあふれている。
 ひなた達が向かう特別教室は、一般の教室とは離れていた。礼拝堂から坂を上り、渡り廊下に入ると、古いドーム型の外観が見えてくる。
「うううー、待って~、ひなた~」
 長い渡り廊下を走るひなたを、後ろから、半分走るのを諦めたアメリーが、情けない声で呼び止める。
 ひなたが振り返ると、ひまわりのような黄色い髪が揺れ、みずみずしい林檎のような香りが漂った。
「これ以上は無理~」
「もうっ、早く行こうって言ったの、アメリーじゃない」
「そうだけどさ~。今日の靴、おろしたてだから走りにくくて」
「その靴、さっきから気になってた。赤のエナメル、かわいいなーって思ってたんだ!」
「でしょ~!!」
「って、話してる場合じゃないって。走らないと間に合わないよ」
「だって走るの苦手だし。それに、廊下は走っちゃダメなんだよ~。諦めよう」
 ニコっと微笑むアメリーに、ひなたは一つ、息をつく。
「…………。しょうがない、歩くか」
「ありがとう、ひなた」
 二人は、悠々と廊下を歩き始めた。中庭に植えられた、薄紅色に咲く萩の花が、少しずつ秋の訪れを伝えてくれる。
だいたいいつもこんな感じだなぁ、とひなたは思う。
 ひなたが好奇心から、何かに前のめりになってしまう時、アメリーはのんびりペースでいさめてくれる。そのお陰で、ひなたは暴走し過ぎずに済むのだ。
 学内一、元気で好奇心が旺盛だと言われるひなたと、学内一、のんびり屋で夢見がちだと言われるアメリーは、正反対な性格で、でこぼこしながらも仲良くやっていた。
 入学したその日から意気投合した二人は、偶然にも寄宿寮の部屋が同じだった。寮の廊下で、アメリーが服を作り、ひなたがモデルでファッションショーを行い、みんなを楽しませたこともある。街を散策したいあまりに、うっかり寮の門限を破って、一緒に怒られたこともある。
「今日の授業、何するのかな~?」
「タロットの歴史も一段落したしね。いよいよ実践かも!」
「どんなことするんだろう? 楽しみだな~。テレビとか出ちゃったりするのかな?」
「テレビ?」
「たとえばたとえば、今日の授業でアリエル教官に『アメリー、お前はタロットリーディングの才能がある。すぐ上級クラスに行け』って言われて、それからすぐに才能がバーンって開花して、テレビに引っ張りだことかさ。そんなことになったら! どうしようどうしよう~」
 嬉しそうに、頬に手を当てて妄想するアメリーに、ひなたは軽くため息をつく。
「……なんという皮算用」
「ないかな~?」
「そんなにすぐには使えるようにならないよ。たくさん練習しないといけないし、一人前になるには時間がかかるよ。何事も一歩一歩だって、アリエル教官も言ってたでしょ」
 諭すようにひなたが言うと、アメリーが少しだけ頬を膨らませる。
「ひなたはタロットのことになると、ホント真面目だよね~。他はそうでもないのに」
「うっ」
「でもそこが好き」
ひなたの腕をきゅっと掴み、ニコっと微笑む。
「えへへ、ありがとう」
 その仕草に、照れくさそうに、ひなたも微笑んだ。
都心から電車で一時間ほど離れた、貿易港として栄える港町・余津浜よつはま
 和と洋の風が交差するその街は、多種多様な文化を受け入れ、日本でありながら日本ではない独特の空気を形成している。
 街を見下ろす小高い丘の上に、占いを学問とし、占い師を養成する学校、セフィロ・フィオーレ余津浜校は建っていた。
 異人館が建ち並ぶ界隈、広く瀟洒な洋館に、百名ほどの少女達の、弾んだ声が響き渡る。
 セフィロ・フィオーレは、一般にある占い養成所などとは異なり、タロットカードの研究と実践教育に特化した学校だ。ひなたが入学する前年に開校され、一学年五十人で生徒を募集している。入学できるのは十二歳から十三歳の少女のみ。入試は占いに関する簡単な筆記試験と、面接。生徒は経済的に豊かなお嬢様が多かった。
入学して半年、ひなたとアメリーは、教養としてさまざまな占いの歴史を勉強してきた。今日はいよいよ、タロットカードの使い方について、実践を交えて教えて貰えるのだ。
 タロットカードの歴史は古く、発祥はイタリアとも言われている。大アルカナと呼ばれる二十二枚のタロットカードは、0の『愚者』から始まり、『魔術師』、『女教皇』、『女帝』、『皇帝』、『教皇』、『恋人』、『戦車』、『正義』、『隠者』、『運命の輪』、『力』、『吊された男』、『死神』、『節制』、『悪魔』、『塔』、『星』、『月』、『太陽』、『審判』、そして21の『世界』で終わる。
 カードにはそれぞれ意味があり、正位置、逆位置など、カードの配置を見ながら未来や運命を占うのが一般的だ。
二人が席に着いたのと同時に、担当教官であるアリエルが教室の入口から姿を現わす。
「危なかったね~」
「間一髪だったよ」
 ホっと胸をなで下ろし、隣同士の席で、こっそり話すひなたとアメリーを、ギロっとアリエルが一瞥する。瞬間、ピンっと二人は背中を伸ばした。
 アリエル・ヴァルティエル・ウェストコット。氷のような冷たさと厳しさを宿す女教官。彼女はそれゆえ、「セフィロ・フィオーレの鬼軍曹」とおそれられていた。
「では、授業を始める。タロットカードを机に出せ」
 指示通り、机の上にカードを出す生徒達。
 木箱の中から現われた、紫苑色の絹に包まれたカードを取り出したひなたは、その黒い背面を、どきどきした気持ちで見つめる。タロットに触れる時は、いつも、ある種の緊張感が伴うのだ。
 ひなたはカードの中から、真っ先に『太陽』を探す。『純粋』、『生命』、『無垢』、『幸福』などを意味するそのカードに、ひなたはひときわ、思い入れが強かった。他の生徒達も、こだわりや縁の深いカードを一枚、手にしている。
「タロット占いで大切なのは、二十二枚のカードがスプレッド、つまり、展開や配置によって、どのように意味や運命が変わるかを、きちんと読み取ることだ。占う相手によって、また、自分のコンディションにより、現われるカードは毎回違う。カードの意味を正確に把握し、ロジックに基づいた鑑定を行うことが大切だと言える」
 淡々と語るアリエルの言葉に、生徒達は静かに耳を傾けている。アリエルは一呼吸置くと、より一層の重さを保った声で、言った。
「だが……やはりタロット占いも、他の占いと同様、理論だけでは不十分だ。タロットにもっとも必要なこと……それは、共感だ」
 教室に、アリエルの声が高々と響き渡る。
「タロットカードとの共感、占う相手との共感。そしてもっとも大切なことは、自分自身の内面との共感……。タロット占いは、自分の潜在意識とカードのシンボルとの間に、直感の橋をかけた時にのみ、成功するものだ」
 ひなたは、アリエルの言葉を素早くノートにメモしていく。『直感の橋』。どういう物なのだろう? 再びひなたは顔を上げる。
「我々タロット使いは、自分の意識や感情、感覚から来る振動に、耳を傾けなくてはならない。そのためには、常に自己を鍛錬し、己の心の衝動を時には律し、時には偽らず、向き合っていかねばならない」
 まるで聴衆に演説する英雄のように、アリエルは朗々と続ける。廉潔なその語り口は、生徒達を魅了する。いつの間にかひなたも、メモを取ることを忘れ、次の言の葉が発せられるのを待つ。
「自分の感情や意識と、タロットカードとをつなぐ橋……すなわち、直感の橋を渡ることができた時、我々は『アストラルクス』に行くことができるのだ」
──アストラルクス。
 聞き慣れない単語に、生徒達が怪訝けげんな表情をする。その空気を変えるように、アリエルは一つ、咳払いした。
「アストラルクスは、簡単に言えば、肉体から離れた感情や意識、魂が浮遊する世界だ。自分の肉体と、意識を切り離し、アストラルクスに行くことができたその時──諸君はタロットカードの本当の力を知り、使いこなすことができるだろう」
 『アストラルクス』。『タロットの本当の力』。ひなたは、どちらも聞き覚えがある言葉を書き記すと、『太陽』のタロットカードを見つめる。それは、ひなたに祖母が残した、不思議な言葉だった。
その後の授業では、タロット占いに必要なスプレッドを教わり、実際に二人一組になって占いし合い、カードの意味を読み解いたりした。
 一コマで盛りだくさんの内容にもかかわらず、生徒達の表情は、新しい世界の扉を開けたかのように、晴れ晴れとしていた。特に、アストラルクスに関しての興味は尽きない。それはひなたもアメリーも、同じだった。
「アストラルクスって、どんな世界なんですか?」  寮の食堂の一隅で、夕食を食べ終えた少女達が、一人の先輩を囲んでいた。ショートカットのその先輩は、アストラルクスに行ったことがあるのだ。その輪には、もちろんひなたとアメリーもいる。
 先輩は、食後の紅茶を飲みながら話し出す。
「そうね……言葉ではうまく言えないけれど、とても不思議なところで、行ったあとは、とても気持ちが優しくなるのよ」
「肉体と感情が離れるってことは、幽体離脱ってことですか?」
「それとはちょっと違うわね。もっと、自分自身と向き合うというか、内面を見つめると言うか……そんな感じかしら?」
「へぇ~!」
 先輩の言葉に、一同が興味津々で聞いている。先輩には、アストラルクスに行ったことによる自信が、満ちているようにも見えた。
「行ってみればわかるわよ。どんなところか」先輩は後輩達に、ニッコリと微笑む。
それなら、やっぱり試してみるしかない。
 ひなたは、まだ見ぬアストラルクスへの思いを強くした。
翌日。授業では、初めてアストラルクスに行くための訓練が行われた。
「目を閉じて精神を集中し、自分の意識を身体から引き離すようにすること。自分と縁の深いカードを思い浮かべて、その意味をくみ取ろうとすることが大切だ」
 その言葉に、生徒一同が瞳を閉じる。
 ひなたもそっと目をつむる。
 気持ちを鎮めなくてはと思うのだが、いつもタロットに触れる時に抱く、緊張感と高揚感がうまく抑えられない。
 集中しようとすればするほど、ぐるぐる、と万華鏡が回るように、頭の中でいろいろなことが浮かんでくる。
アストラルクスって、一体どういうところなんだろう?
 自分の身体から魂が飛び出して、空へ飛んでいくってことなのかな?
 じゃあ、今ここにある私の身体は、一体どうなるんだろう?
 その魂が戻って来られなかったら?
 私、どうなっちゃうんだろう?
そう考えたところで、集中力が切れてしまった。少し、目を開くと、隣の席にいる黒髪の少女が、白目を開き何かぶつぶつ言っている。
「……あたたかな……世界……こころの……」
「ね、ねぇ、大丈夫?」
 ひなたは思わず、黒髪の少女の肩を揺すった。すると、少女は突然、瞳を開いた。
「……あれ? 今、私……」
「どうした?」
 少女の元に、アリエルが歩いてくる。
「……わかりません。急に目の前が暗くなって……気がついたら、私は宙に浮いていて、教室で授業をするみんなが見えたんです。これって、もしかして……」
 少女の言葉に、静かにアリエルが頷く。
「……クラス第一号だな」
 その言葉に、黒髪の少女の顔が、パっと明るくなった。
「やった! 私、アストラルクスに行けた!」
 喜ぶ黒髪の少女を、驚きと戸惑いと羨望を持って、生徒達が見つめた。
「先輩の言う通りだったよ。あたたかくて、優しくて……自分の心が、解放される感じがするの」
 午後の掃除の時間、黒髪の少女が嬉しそうに話し始める。するとあっという間に、少女の周りに人だかりができた。その中にはもちろん、ひなたとアメリーもいる。
「ふわって身体から気持ちが離れる感じがして……『直感の橋』って、こういうことなんだな、って思った」
 黒髪の少女の、弾けるような笑顔。
 心なしか、少し、大人っぽくなったようにも見える。それが、アストラルクスに行けたお陰なのかは、わからない。
「えー、いいなぁ!」
「羨ましいよねー!」
「私も行ってみたい!」
「私も!」
 まだ知らない、未知なる世界に足を踏み入れた黒髪の少女を、ひなたもアメリーも、羨ましさと憧れが混じった表情で見つめた。
一日の授業を終えて、ひなたとアメリーは、寮の大浴場から、部屋に戻ってきた。
 西洋風の造りが残るその部屋には、勉学用の古い机が二つ。壁際には二段ベッドがあり、上がアメリー、下がひなた、という割り当てになっている。カーテンは二人の趣味でグリーンにし、本棚にはひなたが家から持ってきた料理の本と、アメリーが毎月欠かさないファッション雑誌が並んでいる。
 アメリーは髪を櫛でかしながら、机でタロットカードを広げるひなたに向く。
「ひなたは、アストラルクスに行ってみたい?」
「そうだね。……でも、授業中、どんなところなんだろうって考えてたら、なんだか怖くなっちゃってさ」
「ひなたもそうなの~? 実はあたしも」
「そうなんだ……よかった。私だけじゃなかったんだ」
「本当にアストラルクスなんて行けるのかなぁ。行ったら幸せになれるのかなぁ」
「まだ始めたばかりなんだし、これから頑張れば大丈夫だよ。ね?」
「ふふふ、やっぱり、タロットのことになると真面目だね~、ひなた」
 少しからかうように、アメリーが微笑む。
「まあ、ね。早く一人前になって、人の役に立ちたいじゃない?」
 太陽のように、ひなたも微笑んだ。
しかし、頑張ろうとすればするほど、ひなたは空回った。
 授業が進むにつれ、一人、また一人と、少女達はトランス状態になり、彼女たちの言うアストラルクスに行って、帰ってくる。
 だが、ひなたは、どんなに精神を集中しても、自分の肉体から魂が抜ける経験は、できなかった。
 何としてでも手がかりを掴みたい、と、ひなたは戻ってきた生徒達に、どうやってアストラルクスに行ったのか尋ねた。だが、「わからない」とか、「ただ何となく」と言われ、ヒントは何も得られない。
 訓練を始めて一ヶ月。クラスの中でアストラルクスに入れないのは、ひなたとアメリーだけになっていた。
自分だけ取り残されたような気がする。
 その焦りを払うように、昼休みになると、ひなたは裏庭で、こっそり、アストラルクスに行く練習をしていた。本来、授業以外では禁じられているが、なりふり構っている場合ではない。
 カードに思いを込める。
 『太陽』のタロットカードが弱々しく輝き、少しだけ、引っ張られるような感覚が生まれる。ぬめりを帯びたような風が身体を包み込む。だが、そのまま身を任せようとすると、高い崖から落ちるような感覚になり、怖くなって現実世界に引き戻されてしまう。
私には、才能がないんだろうか──?
 アリエル教官は、一歩一歩の積み重ねだと言ってた。でも、努力ではどうにもならないことだとしたら?
 そんな不安を打ち消し、ひなたは『太陽』のタロットカードを見つめる。もう一度、試そうとした、その時。
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
 声に振り返ると、優雅な日傘が目に入った。そこに居たのは、セフィロ・フィオーレの校長であるエティア・ヴィスコンティだ。
「あ、あの、これは……」
 ひなたは慌てて、カードを後ろ手に隠す。
 エティアは穏やかに微笑み、カードを持ったひなたの手を、優しく包み込んだ。
「何かに一生懸命になることは、とても素敵だと思いますよ。ですが、やり過ぎは何事もよくありません」
「はい……」
「今の自分を思いきり楽しむことも、大切なことです。アストラルクスに行くことは……ある意味、新しい自分になることですから」
「新しい……自分……」
 スカートを翻し、エティアは去っていく。その姿を見送るひなたの心に、先ほどのエティアの言葉が、瑞々しく響き渡った。
「新しい自分、か」
 寮の食堂で、ひなたが繰り返した。窓の外に視線を向けると、静かに夕日が沈んでいくのが見える。
「何それ? アストラルクスのこと?」
 その正面でひなたの作ったカルボナーラを食べながら、アメリーは尋ねた。
「うん。昼休みにエティア校長に言われたんだ。アストラルクスに行くことは、新しい自分になることだって」
「そっか」
 二人は思わず、食堂にいる生徒達に目を移す。ひなたとアメリー以外はみんな、大人になったように見える。
「あーあ。私達、どうしてダメなんだろう。落ち込んでる暇があったら、頑張らなきゃいけないんだけどさ」
「うんうん。是非頑張って、心の平穏を取り戻して欲しいよ~」
「心の平穏って、ひとごとみたいに……」
「自分よりもひなたのことが心配なの。だってこのカルボナーラ、珍しくタマゴがダマダマ~。いつものひなたなら、失敗しないもん」
「うっ……確かに。ま、まあ、今日はちょっと失敗しちゃったけど。文句言うなら、食べなくてもいいんだよ」
「え~、でもダマダマでもおいしいもん。ひなたの作る料理は、なんだっておいしいよ!」
「また調子のいいこと言って」
 ひなたもカルボナーラを口に運ぶ。
 確かに、今日はダメダメだ。タマゴのダマもそうだが、黒胡椒をかけすぎた。
「……アメリー、私達って、直系なんだよね?」
「一応、そうだね」
「直系なら、すぐにアストラルクスに行けると思ってたのに。うぬぼれてた」
「あたしも~」
「おばあちゃんは、ひなたは必ず覚醒するって言ってたんだけどな……」
 ため息を一つつくと、ひなたは亡くなった祖母のことを思い返した。
ひなたがこの学校に入った理由は、祖母の勧め、というより、運命的な助言からだった。
元来旅行好きであり、海外に頻繁に出かけていた祖母は、孫であるひなたと会うことも滅多になかったが、ひなたが十歳になる時に、珍しくゆっくり話してくれたことがある。
「誰にも言ってはダメよ」
 と、祖母はひなたの唇に、そっと人差し指を当てた。
 それは、ひなたが『太陽』のタロットカードに秘められた不思議な力──『エレメンタル能力』を宿していること。十二歳から、十三歳の間に、必ずその力が覚醒すること──。
祖母の家のテラスで、冷たいミントティを飲みながら、ひなたは尋ねた。
「どうして私だけなの? ゆきのお姉ちゃんは?」
 ひなたには、歳の離れた姉、ゆきのがいる。何故、自分だけにその力が宿るのか、ひなたは不思議で仕方なかった。
「おばあちゃんにお知らせがあったんだよ。〝今度、ひなたに『太陽』の力が行きますよ〟って」
「太陽の力ってなあに? どういうこと?」
「人を救う力なの」
「救う?」
「そうだね。苦しいこともあるだろうし、自分が嫌になることもあるかもしれないけど……。でも、頑張っていれば、きっと……」
「どうやって人を救うの?」
「アストラルクス、っていう世界に行くのよ」
「うー?」
 納得できないひなたに、祖母は優しい笑みを浮かべた。
「いつか、ひなたから別の人に『太陽』の力が移動する時になったらわかるわ。それまで、その力を大切にしなくてはダメよ」
 その時に祖母が見せた、優しく、しかし胸の奥をぎゅっと掴まれたような切ない顔が、ひなたは気になった。
 それから祖母はすぐ、世界一周旅行のクルーズで南極に向かう途中、客死した。
一ヶ月あまりした後、ひなたの元に祖母からの手紙が届いた。船での死期を悟った祖母が、とっさに筆を執り、送ったものだったらしい。ペルーにある世界遺産の写真の裏に、一言だけ、こう記されていた。
「十二歳になったら、余津浜にある占いの学校、セフィロ・フィオーレに行きなさい。あなたが持っている『太陽』の力のことを、教えてくれるはずです」
  人を救う太陽の力──もし、そんな力が自分に眠っているのなら、すごく素敵なことだ。
中学に上がる前に、ひなたは、家族に「占いの学校に行きたい」と伝えた。両親も、姉のゆきのも、その言葉に驚いたが、最後にはひなたの熱意に押されて了承した。
入学してから少し経ったある日、ひなたは思い切って、祖母との話をアメリーに打ち明けた。アメリーなら秘密を守ってくれるだろうと思ったからだ。
 アメリーは、熱心にひなたの話を聞き、そしてこう言った。
「……あたしもなの。叔母さんが『恋人』のカードのタロット使いだったんだ」
 実はアメリーも、入学してから、ひなたと同じように、『エレメンタル能力』について話せる人を捜していたらしい。ひなたが打ち明けてくれたことに喜び、また、同志がいたことにも喜んだ。
 アメリーはひなたに『エレメンタル能力』について知っていることを補足してくれた。タロットから生まれる力であること、一族につき、一つの能力しか持つことができないこと、その力は女性にのみ代々受け継がれること──。
 この能力は、血縁が近い者ほど遺伝しやすく、母親や祖母、叔母など、能力を持つ者が三親等以内の近親者であるほど、発動の可能性が高い、とのことだった。
 能力を持っている者が死を悟った時、次に受け継ぐ者が誰であるのか、ある日突然、わかるようになる。自分の心に、頭に、その存在がはっきりと浮かび上がってくるのだ。
 まるで、見えない誰かから、特別な『告知』を受けるかのように。
『告知』を受けた者は間違いなく覚醒する。
これまでのタロットの授業と、祖母、アメリーの話を総合すると、もし覚醒すれば、アストラルクスにも簡単に行けるんだろうな、とひなたは考える。
 いや、むしろ逆なのかもしれない。
 アストラルクスに行けなければ、覚醒しないのかもしれない。でも、もし、このままアストラルクスにも行けずに、覚醒もできなかったら?
カルボナーラの最後の一口を、ひなたは静かに口に運んだ。
それからしばらくしても、やはり、ひなたとアメリーは、アストラルクスに行くことができなかった。もがけばもがくほど、少しずつ暗い気持ちになっていく。
寮の部屋で一人、ひなたは、机の中に大切にしまってあった、木箱を取り出す。祖母の遺品のタロットカードだ。
いつか、このカードを使いこなせる時が来るのだろうか。
 うつむいていた顔をふと上げると、机の上の鏡に自信のないひなたの顔が映っている。
おばあちゃんから受け継いだ、私だけの、特別な力。その力で、人を幸せにできるかもしれないのに。
 どうして『太陽』の力は、目に見えないのだろう。空ではあんなに輝いて、嫌っていうほど自己主張してるのに。
 手を伸ばせば届きそうで、でも、とても遠くにあるような、そんな『太陽』の力。
ドアが開くと、夜食を持ったアメリーが部屋に入ってくる。コキエットにたっぷりバターとチーズをかけた、アメリーにはおなじみの夜食だ。食欲をそそるバターの香りが、ひなたの鼻をくすぐった。
「またコキエット?」
「もちろん~!」
「それで太らないのが羨ましいよ」
「育ち盛りだからね~」
 明るく笑うと、アメリーは自分の机に座り、コキエットを口いっぱい頬張った。
 フランスでは、お金のない学生がこの食べ方をするのが一般的らしい。だが、アメリーがお金に困っているところを、一度も見たことがないし、週に四回は食べているあたり、一般的ってのは、あんまりあてにならないのかもなぁ、とひなたは思っていた。
「ねぇ、アメリー」
「なあに?」
「アメリーは『恋人』がどんな力なのか、聞いたことある?」
「ううん。聞く前に叔母さん、亡くなっちゃったから。でも、教えてくれたかどうかわかんないけどね~」
「そっか。『太陽』の力って……どんな力なんだろう」
「あたしはひなたの力、何となくわかるけどな~」
「え、どうして?」
「だって、ほら……」
 アメリーが促す先には、大きく育った観葉植物がある。それは、アメリーがこの寮に来る時、母親と一緒に余津浜の花屋で選んだ、パキラだった。
「普通、半年じゃこんなに育たないよ。うらやましいな~、植物を元気にする力なんて」
「……そう? 関係あるのかな?」
「あるよ~。ひなたは明るくて、みんなを元気にしてくれるし。しっかり者で、真面目で、時々、ちょっぴりひねくれたりするけど、でも、本当はまっすぐだし」
「…………」
「たとえば、ひなたが好奇心の赴くままに突き進んだとしても……何とかなるんじゃって気がしちゃうんだよね~」
 言い終えて、えへへ、とアメリーは笑った。
「……そ、そうかな。どうだろう」
 あまりにストレートに褒められたので、ひなたは背中のあたりが、モゾモゾとかゆくなる気がした。誤魔化すように、アメリーのコキエットを横から「あーん」と食べてしまう。
「恋人の力だって……きっと、カップルを幸せにするんじゃない?」
「カップル! あたしがまだ恋もしたことないのに?」
 アメリーは、ひなたの魔の手を避けるがごとく、残ったコキエットを全部口に含む。もぐもぐと口を動かす姿がリスみたいで、なんだかとてもかわいい。
 優しくて、かわいくて、女の子らしくて。
 かわいい物への好奇心が旺盛で、流行にもおしゃれにも敏感で、そんなアメリーと友達でいることは、ひなたにとって自慢なのだ。もし、キューピッドという存在が本当にいるのだとしたら、アメリーのような人を言うのだろうな、とひなたはいつも思う。彼女こそ、『恋人』のカードにふさわしい。
 開いていた窓から入る風が、カーテンを揺らす。秋の風が深く冷たくなっていて、ひなたは窓を静かに下ろす。古い木枠の窓は、がたがたと建て付けの悪い音を立てて閉まった。
 ひなたは、二段ベッドの下に腰を下ろす。
「覚醒、か……」
 と、机の引き出しから道具を持ったアメリーが、突然ひなたの足の爪に、ペディキュアを塗り始めた。
「……てか、何で人の爪、黒く塗ってるの?」
「だって、もうすぐでしょ? 『新月の夜』」
 新月と言えば暗闇だもん、と、アメリーは悪びれず言った。
『新月の夜』とは、九月から十月の間、新月に行われる、セフィロ・フィオーレ学内のお祭りである。平たく言ってしまうと、文化祭や学園祭のようなものだ。
「『新月の夜』って、研究棟からも人が来るんだって~」
 ひなたが焼いたパンケーキに、フランボワーズのジャムを塗りたくりながら、アメリーが話し始めた。
 土曜日の朝。食堂は、まだ寮生が少ない。
「研究棟?」
「そうそう。敷地内にあるでしょ? 研究員が五十人ぐらいいて、タロットカードについて日々、研究してるんだって」
「タロットカードの研究って、何するのかな?」
 そう言いつつも、ひなたにはあまり興味がなかった。蜂蜜を塗ったパンケーキを一口食べる。今日はふっくらと焼けている。
「男の人も来るらしいよ。ってことは、恋とか生まれちゃったらどうしよう~。カップルができちゃったら、どうしよう~。どうしようどうしよう~。『恋人』のカードを使う者として見逃せないよ!」
「まあ、そんなに簡単に、恋なんて生まれないと思うよ。研究棟の人達って大人でしょ? 私達みたいな子供、相手にしないよ」
「そんなことないって。噂によると、十五歳で入った秀才がいるらしいよ。そういうのをさ、狙っていこうよ~」
「興味なし」
「じゃあ、興味が湧く噂、教えてあげようか」
「噂?」
「新月の夜、八時に時計塔にあるタロットに触れた者は、必ずアストラルクスに行けるんだって!」
 満面の笑顔で、アメリーは微笑んだ。
「どうして時計塔にタロットがあるの?」
 何となく話を聞かれない方がいい、と察したひなたは、アメリーと共に、寮の部屋に戻ると、半信半疑で首を傾げた。
「さあ? どこかにあるんじゃないかな~?」
「あてにならないな。それに、噂が本当なら、誰かれ構わずアストラルクスに行けることになるじゃない」
「大丈夫。他の子は誰も知らないよ。校庭歩いてたら、銀色の猫と黒いカラスが、あたしだけに教えてくれたの」
 それを聞いたひなたは、思わず大きなため息をついた。
「……アメリー、私はアメリーのこと、夢見がちだと思ってる。でも、夢と現実の区別がつかない子だとは思ってなかったよ」
「ホントだってば! 猫とカラスは自分たちのこと『使い魔』だって言ってたんだよ」
「誰の使い魔よ」
「いいじゃん。不思議なことは解明しなくちゃ、でしょ?」
「…………」
「だって、アストラルクスに行けないのは、もうあたしたちだけなんだよ。このままじゃ落第しちゃうよ。ここで一発逆転して、優等生になろうよ~!」
「一発逆転って……」
「やるだけやってみるのが、ひなたのいいところでしょ。アストラルクスに行って、早く覚醒して、人助けしたいでしょ?」
 そう言われると、確かにそうだ、とひなたは思う。
「……わかった、行こう」
『新月の夜』の盛り上がりは、ひなたの想像以上だった。舞台では即興劇や、パントマイム、大道芸などが行われ、出店では食べ物、アクセサリーがところ狭しと並び、アメリーの言う通り、男性も目についた。
 学校のどの位置からも見ることができる、小高い丘の上にある時計塔は、いつもと同じように時を刻んでいる。
「もうすぐ七時だよ」
「うん……」
 ひなたは、自分が気の進まない理由がわかっていた。結局は、変わってしまうかもしれない自分が怖いのだ。
 だが、そんなことで、タロットの力を操れるのか。
 誰かを、救うことなんてできるのか。
 七時の鐘の音が、学内に響き渡る頃、ひなたとアメリーは時計塔に向かって歩き始めた。
「早く行かないと、行列しちゃう」
「誰も知らないって言ったの、アメリーじゃなかったっけ?」
立ち入り禁止である、点検用の入り口からこっそりと、ひなたとアメリーは時計塔の中に入った。あらかじめ下調べをしておいた結果である。もちろん行列はしていない。そもそも、アストラルクスに入れないのは二人だけだった。
 暗闇に目が慣れてきた頃、五メートルほどの吹き抜けになった天井を見上げると、いくつもの大きな歯車が音を立てて、規則正しく回っているのがわかった。
「タロットカードなんて、どこにあるの?」
「あ、あれ!」
 アメリーが疑問を呈したその時、ひなたは歯車の先に、ぼんやりと光る何かを見つけた。釣り鐘の裏にあるようだ。
「あんなところに……何で?」
 その不思議な光景に、二人は驚いたが、目の前に見えていることが現実だ。
「あれで登ろう」
 ひなたが壁に作り付けられた梯子を指さすと、アメリーはあからさまに、嫌そうな顔をした。
「ううう、あたし、高いところダメなんだよ~」
「じゃあ下で待ってる?」
「いや、行く! 暗いところで待ってる方が怖いも~ん!」
 登り始めるひなたの後に続き、半ば梯子にしがみつくように、ゆっくりとアメリーが登ってくる。
 息を整え、リズムを取りながら、ひたすら梯子を登っていく。そうしないと、眼下に広がる暗闇の渦に、飲み込まれてしまうような気がした。ただ見つめる。あの光を。
どのぐらい登ってきたのかはわからない。体力に自信のあるひなたでも、腕が痛くなり、筋肉が痙攣けいれんする。アメリーはなおさらだろう。
 ようやく、二人は釣り鐘を間近に見上げる位置までたどり着く。
「これが……」
 鐘の中心で、くるくると回りながら、カードは光っている。七色の虹のように。
「何の、カード、だろうね……?」
 アメリーが肩で息をしている。
「早く、見てみよう、よ……あたし、そろそろ、腕が……」
「うん……!」
 苦しそうなアメリーを気遣いながらも、ひなたは、光るカードに向けて手を伸ばす。
 あと、もう、少し。
 カードに、中指が触れるか触れないかの位置までくる。
 ひなたは、片足を上げ、バランスを取りながらぐっと身体を伸ばす。
 あと少し。届きそうで届かない。まるで、自分の中にある『太陽』の力のようだ。
 つかみたい。絶対に、つかまなきゃ。
 光に向かって、さらに腕を伸ばす。
 指先でカードを掴みかけた、その時。
 ぐにゃり、と、何かが歪んだ気がした。
「!」
 耳をつんざくような鐘の音が鳴り響く。
 ひなたが驚いて見上げると、大きな鐘が──突如、化け物となって、こちらを見た。
 不気味なまでに大きな瞳。長い舌が、ひなたに襲いかかろうとする。恐ろしくなったひなたは、とっさに避けてしまう。
 するとその舌の先が、アメリーの腕に当たってしまった。
「あっ……! きゃぁぁぁっ!」
 梯子から手を放したアメリーが、まっさかさまに落ちていく。
「アメリー!」
 ひなたは思わず、アメリーを助けようと飛び込んだ。
 どくん、と、ひとつ、心音が響いた。
 地面に向かって、ゆるやかに落ちていく。
 どくん。またひとつ。またひとつ。
 鼓動はどんどん大きくなり、鐘の音と重なるように、ひなたの小さな胸に響く。
 落ちていく、この感じ。
 その時、アストラルクスに行こうとした時の、高い崖から落ちるような、あの感覚を思い出す。
 湿った風がひなたを包み込む。
 自分の中の黒い何かが、燃えさかる炎のように湧き上がってくる。
 新しい力、新しい自分。私だけの、特別な太陽の力──覚醒、
私は──タロット使い!
頭の奥で声が響き渡った。自分の声なのに、自分の声ではない。
 その瞬間、ひなたの、ひまわりのような黄色い髪が突然、太陽のように燃えさかる。
 重力のままに落ちていたその身体は突如、熱を帯び、意志を持ち、真っ逆さまに落ちていくアメリーに追いつき、その手を掴んだ。
「アメリー!」
「ひなた!」
 瞬間、アメリーの身体も光に包まれる。
 たくさんのオレンジ・ブロッサムの花びらが、アメリーの身体から放出され、辺り一面に舞い上がる。彼女もまた覚醒したのだ、とひなたは思った。
 太陽の輝きを持ったひなたと、花びらに包まれたアメリーは手を繋ぎながら、緩やかに地面へと降りていく。
「ここが……アストラルクス!」
 誰に教わったわけでもない。だが2人には、今、この場所がアストラルクスだとわかった。そこはもう時計塔ではない。形容しがたい異空間。物も形も色も、全て歪んでいる。時計塔の歯車だろうか、全てぐにゃりと曲がって宙に浮いている。
「あれ、ダリの『記憶の固執』みたい」
「あ~、そんな絵、あったね~」
 降りていく途中、ひなたは眼下を見る。入口近くで、猫とカラスが、こちらを見ていたような気がした。上空を見上げると、化け物もいつの間にか消えていた。
二人はゆっくりと着地する。お互いの変わった姿を、まじまじと見つめあった。
「すごいね~、ひなた。本当に太陽みたい~」
「アメリーだって。すごい花びら」
「やっぱりこれが……」
 二人は、お互いを見て頷き合う。
「覚醒、したんですね」
 その声に見ると、いつの間にかエティア校長とアリエル教官が、ひなたとアメリーの後ろに立っていた。
「あの、先生……!」
「これがアストラルクスですか?」
「ええ。あなた達にしか入れない空間──。これが本当の、アストラルクスです」
「えっ?」
「実際にタロットを使って、『エレメンタル能力』を使ってもらう……人を救うための実践だ」
「やった~!」
 その言葉を聞いた途端、ひなたとアメリーは手を取り合って喜んだ。憧れていた太陽の力、恋人の力を、使うことができるようになるのだと。
能力を、何のために使うのかもわからないままに憧れを抱くのは、恋を知らずに恋に憧れる浮遊感と軽薄感に、よく似ている──。   
〔2話へ続く〕

タロット使いとしての覚醒──そして、ひなたの運命が動き出す!